2019年03月25日
整骨堂という名前の由来
ブログ
堂主の喜多です。当院の屋号は喜多整骨堂ですが、なぜ喜多整骨院ではなく喜多整骨堂になったのかを今日はお話ししたいと思います。話せば長くなるのですが・・・。
僕が開業したころ、百田尚樹さんの「海賊と呼ばれた男」という本が一世を風靡していました。出光興産創業者である出光佐三をモデルにした歴史経済小説です。主人公が国岡商店の代表の国岡鐵造という人で、この人がとにかく社員を大切にする経営者だったんですよ。で、国岡鐵造は社員に社長ではなく店主と呼ばれていたんですね。社外の人には海賊と呼ばれてたんですけど。
「あ、かっこいい」と思いました。なんか、社長とか代表取締役とかって呼称は大きな企業のエライ人っていうイメージがあって、店主っていうと個人商店のおとーさんってイメージじゃないですか?凄い大企業に成長した会社のトップなんですけど、ずっと「店主」って親しみを込めて呼ばれていたところがね、なんかかっこいいと思ったんです。
で、その時に主(あるじ)っていいなと思ったんですね。単純だから(笑)。
整骨院の主だと院主になってなんか変だな、おっ、鍼灸院とか薬局になんとか堂ってよくあるな、じゃあ整骨堂の堂主ってどうよ?
兄貴に聞きました。兄貴は「オモロいやん」って言いました。それで決まり。
その後、喜多整骨堂の堂主がスタッフを大切にする主になったのかどうかは定かではありませんが(笑)、今あらためて国岡鐵三の足元にも及ばない自分を再確認いたしました。まあ、あの出光を作った人ですからね。おこがましいというものです。
すみません。話は全然長くなりませんでした。
今になって、屋号を整骨堂にしたおかげで、「整骨院のように保険効くんですか」とか聞かれたり、ネットで整骨院っていうキーワードにヒットしなかったり・・・。ま、メリットはほとんどない感じですけどね。新患の獲得がクチコミしかない(笑)。スタッフにも結局堂主って呼ばれてないし。喜多なんとか堂整骨院にすりゃよかったかな・・・。
今日はこれでおしまい。
岸和田の整骨院と言えば喜多整骨堂!(うそ)
僕が開業したころ、百田尚樹さんの「海賊と呼ばれた男」という本が一世を風靡していました。出光興産創業者である出光佐三をモデルにした歴史経済小説です。主人公が国岡商店の代表の国岡鐵造という人で、この人がとにかく社員を大切にする経営者だったんですよ。で、国岡鐵造は社員に社長ではなく店主と呼ばれていたんですね。社外の人には海賊と呼ばれてたんですけど。
「あ、かっこいい」と思いました。なんか、社長とか代表取締役とかって呼称は大きな企業のエライ人っていうイメージがあって、店主っていうと個人商店のおとーさんってイメージじゃないですか?凄い大企業に成長した会社のトップなんですけど、ずっと「店主」って親しみを込めて呼ばれていたところがね、なんかかっこいいと思ったんです。
で、その時に主(あるじ)っていいなと思ったんですね。単純だから(笑)。
整骨院の主だと院主になってなんか変だな、おっ、鍼灸院とか薬局になんとか堂ってよくあるな、じゃあ整骨堂の堂主ってどうよ?
兄貴に聞きました。兄貴は「オモロいやん」って言いました。それで決まり。
その後、喜多整骨堂の堂主がスタッフを大切にする主になったのかどうかは定かではありませんが(笑)、今あらためて国岡鐵三の足元にも及ばない自分を再確認いたしました。まあ、あの出光を作った人ですからね。おこがましいというものです。
すみません。話は全然長くなりませんでした。
今になって、屋号を整骨堂にしたおかげで、「整骨院のように保険効くんですか」とか聞かれたり、ネットで整骨院っていうキーワードにヒットしなかったり・・・。ま、メリットはほとんどない感じですけどね。新患の獲得がクチコミしかない(笑)。スタッフにも結局堂主って呼ばれてないし。喜多なんとか堂整骨院にすりゃよかったかな・・・。
今日はこれでおしまい。
岸和田の整骨院と言えば喜多整骨堂!(うそ)